「海がある景色」は個人的にとても落ち着く風景なんです。転勤族でいろんな場所で暮らしてきた中、変わらずにあったのが藤沢と下田の祖父母の家で、どちらにも海が近くにあったからだと思います。だから海の香りがする中で働けるのは嬉しいです。今勤務している財団の事務局も近くに山下公園があるので、お昼に海を見ながらお弁当を食べることもありますね。
それと、横浜は土地柄もあって、いろんな人がいるんですよ。バリバリ働くビジネスマンもいれば、飲み屋のユニークなおばちゃんもいるし、外国籍の人や外国にルーツを持つ子どももいる。
そうした均質ではない環境にいるので、「誰もが文化芸術に触れることができる機会を広げます」という考えの“誰も”とは誰のことなのか、まだ出会えていない存在を常に考え、想像することの重要性に気づかされます。
「横浜でアートを仕事にする」とは?
財団で働く仲間のリアルな声を紹介します
QUESTION 1 入職された経緯を教えてください
大学でインタラクティブアートを制作していたのですが、横浜で行われた『We dance』というコンテンポラリーダンスのフォーラムにアーティストとして参加したことがありました。その時は、知り合いの演出家に誘われ、ダンサーや建築家と協働して作品をつくり、1週間ほど旧ヨコハマ創造都市センター(YCC)で展示をしました。
それが大学3回生の時で、1年が経って4回生になったもののあまり就職する気もなく……。ただ、親の手前就職活動をしないわけにもいかないので、「受けたけどダメだったよ」というアリバイ作りで1社だけ受けることにしたんです。それでどこにしようかと探し始めた時に、『We dance』で作品を展示したYCCを思い出して、当時運営を行なっていた財団に応募しました。他の民間企業に比べて提出する書類や資料が少なかったのも、そんな動機にはちょうど良かったんですよね。
QUESTION 2 現在の業務内容について教えてください
アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)のプログラム・オフィサーとして、アーティストのキャリア形成を支援する助成プログラムを主に担当しています。資金支援や横浜での活動場所のコーディネートをはじめとして、採択されたアーティストの活動を様々な面でサポートしています。
関内外エリアを中心に活動するクリエイターが中心となって実施するイベント『関内外OPEN!』も担当です。スムーズに実施できるようクリエイターと密に打ち合わせをしたり、許認可の申請を行なったりしています。
2022年にはイルミネーションイベント『ヨルノヨ』のアートプログラムを担当し、日本大通りから大さん橋ふ頭までをめぐる参加型ツアー演劇の実施や、回遊性を意識して日本大通りに星のような柔らかい光を放つオブジェを設置しました。
また、横浜でのアートやデザインのお悩み事について、アーティストに限らず、行政の方や企業の方からのご相談もお受けしています。相談窓口はACYの重要な取り組みの1つで、展示場所を探しているアーティストに作品や作風にマッチする会場の情報をお知らせしたり、クリエイターを探している企業の方にアドバイスをしたりしています。
QUESTION 3 これからどんな仕事を手がけていきたい?
財団でカフェを作るのが夢ですね(笑)。
よく言われることですけど、文化施設に入るのに尻込みする人とか様々な事情で行けないという人はけっこう多いんです。もちろん財団や各施設が多様な方に来てもらえるような取り組みを展開していますが、それでもやはり施設に来れる方、来てくれる方は限られるように感じます。
そう感じる中で、もっと身近に気軽に行ける場所に、アートがある空間を作りたいと考えています。美味しいご飯やスイーツが食べられるスペースで、アートプログラムが展開したり、アーティストが何かを制作していたり、ダンサーが稽古したりするような。ご飯を食べにきたら知らない人が絵を描いてる! みたいな。「アートに触れてみましょう」とか「豊かになりますよ」と伝えて来てもらうのではなくて、気づいたら「アート」に巻き込まれていて「なんか豊かになったな」と感じられる関係性が生まれる場を、財団が作る必要性を感じています。
QUESTION 4 働く舞台としての財団の特徴は?
入職する前は、横浜美術館とみなとみらいホール以外の施設はどんなことをやっているのか、正直よく知らなかったんです。けれども財団で働いてからは、各施設がそれぞれの特性を活かして、個々の強みを出し、非常に面白い事業をやっていることが分かるようになりました。
“横浜市民ギャラリーあざみ野”であれば、充実したコレクションを活用したり、切り口鋭い現代アート作家の展示をしたり。かと思えば、“杉田劇場”ではすごく地域に根差して、歴史の探究をやっていたりする。各施設が興味深い企画や面白い取り組みを数多く実施しているので、どの施設で働いても楽しいと思いますよ。
QUESTION [EXTRA]
Q.3の回答からは
アートへの信頼が伝わりますね。
大学時代に多大な影響を受けたダンサーがいるんです。バレエやモダンダンスをベースにしながらも、老人ホームの入居者や障がい者劇団など、様々な方と交流や対話を通じて作品を作っていて、アウトプットの形は舞台芸術でしたが、社会の出来事に応答していました。その作品は、参加した人、手伝った人、見に来た人の、モノの見方を更新したり、気持ちをガラッと変えたりする力を持っていたんです。
世の中を少し変えようと思った時に、社会運動や福祉活動などに参加するのはハードルが高くても、例えばカフェでそうしたアートプロジェクトがやっていたら、参加するハードルはだいぶ低くなりますよね。ひとり一人のモノの見方や考えを更新することができるアートは、世の中を変える有効な手段になりうると思っています。