横浜美術館は1989年に開催された『横浜博覧会』のメインパビリオンとして開館した経緯があるのですが、その記録集を読むと、1983年に開園した東京ディズニーランドの名前が出てきます。簡単に言えば、ディズニーランドのような世界から遮断されて閉じられたテーマパークの対抗として、開かれたテーマパークを目指して作られたのが『横浜博覧会』であり、みなとみらいという街のようなんです。
だから横浜、特にみなとみらいは駅周辺に何でもあってコスパのいい街なのは確かであるものの、それはテーマパークとしての成功だったりするのかもしれません。では「テーマパークであることが街としていいことなのか?」と問われると功罪ある気がしていて、その微妙な雰囲気を、みなとみらいで働きながら日々感じています。
「横浜でアートを仕事にする」とは?
財団で働く仲間のリアルな声を紹介します
QUESTION 1 入職された経緯を教えてください
もともと批評が好きで、哲学や社会学といった様々なバックグラウンドの批評家がいる中でも、美術関係の人や、美術作家が書く批評への関心がありました。それで大学では美術研究科の博士課程までいたのですが、批評に限らず、言葉を使って自立する方法を考えたときに、大学に残るより別の能力や経験をつちかった方がよいと判断したんです。
では、個人でやるのか、美術館などに就職するのかと考えた時に、どちらも経験する道がよい思ったんですね。さらに言えば、「美術についてより公共的に語る言葉を作る」ことを常々考えていて、こうした公益性のある営みは美術館の仕事ではないかと思い、就職を選びました。
あと意外と重要だったのが場所です。情報や表現が集まるのはなんだかんだ東京であることと、20〜30代はその近くにいた方がよいと思い、横浜にある財団を志望しました。
QUESTION 2 現在の業務内容について教えてください
横浜美術館は学芸グループの中でもチームが分かれていて、僕は主に作品の収集と保存研究、広報・広聴などを担当するチームに属しています。その中でメインに担当しているのは、作品の保存修復に関する調整や研究紀要の編集、学芸グループ宛ての問い合わせ対応です。また、美術館が休館中であるため、コレクションからセレクトした重要作品の作品解説を書くプロジェクトが進行中です。原稿の催促や進行管理、校正といった、編集者のような業務も担当しています。
これらチームの仕事とは別に、展覧会ごとにチームを跨いだプロジェクトチームが編成されると、その運営も仕事として割り振られます。もっとも、最近まで開催していた美術館の工事用仮囲いを使った若手作家、浦川大志さんの展示は、1人で担当していました。
QUESTION 3 これからどんな仕事を手がけていきたい?
美術史や学術的に意義があるだけでなく、“今”の問題や社会課題に応答できるテーマの展覧会やプロジェクトを企画するのが、自分がやるべきことだし、求められていることでもあると考えています。
一方で、色々な企画や発信を考える際に、横浜美術館がローカルとグローバルに引き裂かれていることにも難しさを感じています。一地方自治体の美術館ではありつつも、規模もそれなりに大きいし、港町という土地柄から国際性を求められ、横浜トリエンナーレを開催している。ただ、こうした引き裂かれは大なり小なり様々な場所で起きているはずですよね。だから、ローカルとグローバルのどちらにも振り切れない中で、すべてを受け入れて前向きに引き裂かれていく方法を考えたいです。
QUESTION 4 働く舞台としての財団の特徴は?
あくまでも個人的にはですが、今のところ財団で働く中で不安や不満はあまりないんですよね。自分がそういうパーソナリティなだけで、もしかしたら財団で働きながら苦しんでいる人もいるかもしれませんが(笑)。
ただ、職場にネガティブさがない点は、消極的なようで重要だとも思っています。みなさんそれぞれに、働くうちにもっとやりたいことが見つかって新天地に移るとかはいい。けれども、そうではない不本意な理由で休んだり、辞めたりしてしまうのは、その人にとっても財団にとってももったいないことですよね。
だから、ひとまず長く働き続けられるかなと感じられることは、自身の様々な可能性を開くための最低ラインだと思っています。
QUESTION [EXTRA]
個人で美術評論メディアを
運営していると聞きましたが……。
全国の美術館の常設展やコレクション展をレビューする『これぽーと』というメディアを、大学院生の頃から運営しています。いままでに120本ほどの記事を掲載していて、投稿いただいた全レビューの編集も僕の担当です。
『これぽーと』には常設展やコレクション展の見方を提示する狙いもありますが、最も意識しているのは、レビューを書いたことのある観客を増やすことです。
ほとんどの人たちは、第三者の目に触れて、編集者との応答がある緊張感の中で文章を書いた経験がありません。けれども、そうした環境でレビューをすることになれば、今までより慎重に展覧会を見るようになり、作品や展覧会への向き合い方が変わってくるはずです。
もちろん皆がそうなるべきだとは思っていません。ただ、『これぽーと』によってそうした観客が50人、100人、200人、1000人に増えることで、日本の美術館や展覧会への適切な批評意識がつちかわれていくと思うんですよね。だからこれは、個人としてできる「公共的に語る言葉を作る」活動の1つと考えています。